itch.ioへの圧力、表現、語ること、それらが破壊されること
クレジットカード会社の圧力でインディプラットフォームのitch.ioも多くの作品を検索から除外することになりトランスのセックスワークとトラウマを描く『彼は私の中の少女を犯し尽くした』も検索から外されたとのこと。
itchのような個人表現の場にまで規制がかかるってしまう。ポルノグラフィをどう捉えるか、とても難しい時代になっているけど、プラットフォームへの規制はとても大きな喫緊の課題。それは本来必要とされているゾーニングを超えた問題になっていて、結局、プラットフォームが責任を果たさないことにもつながっている。
そしてそこではソフト化されたポルノ(あるいは性差別的なもの)はむしろ公共空間の氾濫し、それは商業化される。その引き換えにポルノが生贄に捧げられている。これはセックスワーカーへの差別と同じ事態だ。性的なものが社会に広く組み込まれていることを否定するために、そこから目をそらさせるためにセックスワーカーが犠牲にされる。
一方で、規制とは異なる形で議論となるべきそうした異性愛主義、性愛至上主義、性差別、といった課題の議論はまったくできない環境が出来上がっていっているしそれらと結びついて武器化されたポルノの使われ方には議論が進まず、もちろんフェミニズムやクィアにおけるSMやポルノの議論のような葛藤や転覆し続ける運動はもはやその余地がなくなったかに見えてしまう。
見えてしまうことが問題で、実際はそうではないのにSNSではそう感じられてしまう。オタクカルチャーにおける性的なものとは複雑な葛藤や内省を伴う表現であってきたのだけど、そのような回路を語り合うことはもはやできないのではないかと思ってしまう瞬間が何度もある。差別をめぐる問題すべてがそうなのだけど。
表現規制のことも色々あるけど「プラットフォームによる規制」のような反対するべきものから、差別の道具にされてしまった「ポリコレ」をめぐる議論、おもちゃを売るために毎週戦いを入れないといけないノルマみいたな現場の反発はあるが規制とみなされないもの、セクシュアリティの描写が潰されるディズニーの例、みいたな個別のものがすべてグチャグチャに差別的な意思を飲み込んで行われてしまっている。
『スターウォーズEP9』の女性同士のキスシーンを私はあまりにも僅かすぎて本当にひどい描写だと思っているけど、その本当に僅かな描写が徹底的に批判される状況では、そうしたことを議論することが難しい。でもだからといって、差別的な形で議論が。焦点化されているからある作品は正しい/間違っているみたいなことはしたくなくて(たとえば『ワンピース』や『鬼滅の刃』が差別的な文脈で引用され、作品は反差別なのに、と言われるがそれらの作品が反差別を持ちつつもそうした差別的な要素はあるだろうとか、ディズニーの多様性がとても不十分なものであったこととか)。だからこうして長い文章書いているのだけど。
でもそうやって細かい回路をゆっくり築いている間にこうしてプラットフォームは破壊され、話すべきことは速度によって破壊されていく。
